ハウチワマメ
since 2002/05/24
暖炉から帰省すると、2人は大抵たくさんのごちそうと
気合の入ったそして個性的な飾り付けを準備万端整えて
僕を出迎えてくれる。シリウスは独特の華やかな大きな声で
僕の名を呼び、先生も滅多にないくらいはしゃいだ様子で
僕の帰還を喜んでくれる。
しかし予定していたより早く僕が戻れた時などは家の中が
もぬけの殻になっている場合もある。ストーブの上でくらくらと
小さな音を立てている薬缶や、雪の結晶の形をした銀色の紙、
ドロップカットをされたガラスの幾つもの飾り、見慣れたそれらが
いつもより少しよそよそしく、僕は床に荷物を下ろし彼らを探す。
スパイスやハーブ、焦げた砂糖の匂い、肉の匂い、バターの匂い。
先程までの彼等の奮闘がうかがえる、魅力的な匂い。無人の
キッチンを確認して、この家の子供の義務として(多少とうが
たったとはいえ)黒犬の形をしたクッキーを失敬し、窓の外に
動く人の姿を発見した僕はガラスに額を寄せる。
彼等はこれ以上ないくらい立派な年齢の大人であるのだが、
どうやらその時は雪合戦に熱中しているようだった。一面の雪のなか、
画用紙の上にいるように2人の姿はくっきりと浮いている。帽子と
コートと手袋で武装して歓声をあげている彼等はちょっと年齢の分
からない不思議な人々に見えた。
しかしそれは元ホグワーツの悪童たちにしてはどうにも上手くない
雪合戦だった。雪の玉はえらく雑に握られたようで、互いに当たる前に
空中で霧散して白い粉を散らす。相手の頭が雪まみれになる様子が
おかしいのか、彼等は笑い転げていた。
ゆるやかに、のんびりと往復する雪の玉を見ているうちに、
僕はふと、彼等が雪玉を固くしないようにわざと柔らかく握っている
事に気付いた。当たっても痛くないように。たとえそれが遊びでも。
きっと無意識に。
自分の家族ながら、本当に、心底愛し合っている人達だなと思う。
何度も驚かされる。多少脱力を伴うが。
僕は窓を開けて彼等の名を呼んだ。
彼等は鼻の頭と頬を紅潮させて、雪まみれになりながらこちらに
手を振った。まったくこれではどちらが帰省してきた息子か分からない。
僕はちゃんと雪を払い落としてから家の中に入ってくるよう、
彼らに大きな声で注意をした。
写真素材 Hoshino さま
http://www.s-hoshino.com/