テニス


「落ちたらまず間違いなく死んじゃう断崖絶壁から僕とテニスが落ちかかっているとしたら、手塚はどちらから助ける?」
「……お前から」
「どうして?テニスはいいの?」
「テニスは落ちても死なないだろう」
「この場合は死ぬんだよ」
「テニスが死ぬとどうなるんだ」
「この世からテニスがなくなる」
「その話の中のテニスは何類何網の生物なのか教えてくれないか?」
 部活からの帰り道、手塚と不二は並んで歩きながら大抵こんな会話をしている。互いに「おかしな奴だ」と感心し合いながら。相手を打ち殺すような容赦のないテニスをする不二が、こんなに他愛もない話をする事を手塚はとても奇妙に感じていたし、不二は不二で、コートの中では神の如く角度とスピードと回転を自在に操ってみせる手塚が不器用な返答しかしない事を不思議に思っていた。
 手塚の返答はあさっての方向へばかり飛び、不二の問いかけはひどく奇天烈だった。このラリーにおいて自分達はまるきり素人なのだな、と2人とも自覚はしている。
しかし何故か、歩調は自然と普段より遅くなるのだ。
 意識的になのか無意識になのかは、彼らにもよく分からない。

「『さるの王様』の話は知っているよね。あれって妙に似てる」
「誰に」
「誰にだろう」
「……今日のテーマは崖なのか?」
「すごいね手塚、2話目で気付くなんて」
「全何話なんだ」
 たどたどしく会話を続けながら、それでも2人は何とはなしに相手に言いたい話があったような気が時折する。思った方向へ打球が飛ばない時の不愉快さ。ただ、笑った不二の髪が手塚の腕を掠めた瞬間や、利き手側に車道があると決まって無言で不二を内側へ押しやる手塚の手が触れた瞬間に、言いたかった事を思い出せそうになるのだった。
 毎日一緒にいる相手ではあるし、いつでも話は出来る。そう思って彼等は相手の笑顔や呆れ顔を見て満足するに留めていた。それだけでも十分楽しかったのだ。

「精神状態は打球に出るものだと思う?」
「出ない」
「いや、君のことじゃなくて」
「お前だって出ないだろう?」
「もっと一般的な話だよ、手塚」

 今、手塚は不二の隣には居ない。
 放棄するべき試合を放棄せず、勝手に腕を壊してさっさと療養に旅立ってしまった。彼らしくはあるなと不二は思っている。精神状態は打球には出ない。手塚の言った事は正解だった、とも。
 日に一度ほど、彼の携帯の短縮を押してはしばらく思案してそれを消すという習慣が、不二の生活の中に出来上がりつつある。
 何の気なしに過ごしていた帰路の時間、あの会話を、手塚とかわしたくなるのだ。コントロールなしの自分の問いかけと手塚の稚拙すぎる返答。無論そんな話をするために携帯を鳴らせば、手塚は確実に絶句すると彼は分かっている。なので不二は通話ボタンを押さない。今なら以前は思い出せなかった話題が素直に出てきそうな気が、どんなにしたとしても。

 しかし一方南国では、思案顔の手塚が携帯を眺める時間は日々確実に増えているのだった。人生は案外そういうもので、若い彼等はそれを知らない。
 現実のテニスとは違って、双方にボールを打ちたいという気持ちがあれば、このラリーは決して終わらないのだ。







友人へ贈る。
テニプ界の人々、時折ネタにしてすみません。
ヅカフジサイトを運営されている方、もしおられたら
更新、頑張って下さい。友人の好きなのは「アッサリ薄味」
みたいです。ていうか彼等の利き手もよく知らない
私に書かれても困るだろう部長も天才も。