Good night Sirius


 
 名を呼ばれてリーマスは目を覚ました。正確には『少しだけ目を覚ました』。体は動かない。目も開かない。声が聞こえるだけの状態。布ずれの音がして、肩に唇が触れた、ような気がした。意識が朦朧としてよく分からない。
「リーマス」
 もう一度名を呼ばれた。特別な名の呼び方。熱を帯びた、低い、けれど誠実で上品な声。 「さっき終わったばかりだ」
 just もfinishedも非常に不明瞭で、違う単語のように響いた。リーマスは必死で唇を動かしているのだが、思うように喋れない。夢の続きの幾つかの場面が見える。
「回数制限があるのか?」
 今度のシリウスの声には少し笑みが含まれていた。リーマスの自力で動かせない右手が軽々と持ち上げられて、そこにも唇が触れる。
「……もしかして私は裸のまま眠ってしまったのかな?目が開かなくて分からないけれど君も?」
 のろのろとリーマスが寝言にも似た質問をすると、律儀にシリウスは答える。
「そうだ。いい加減ちゃんと目を覚ませ」
「ああ、君も私も随分色っぽいじゃないか。2人で裸で眠っているなんて」
 眠さのあまり凄く適当な事を喋っているだろう?とシリウスは尋ねたが、返事はなかった。
「ともかく眼を開けろ。俺は紳士だから意識のしっかりしていない相手に手は出せない」
「うん……」
 リーマスがくすりと微笑んでから長い沈黙があったので、また眠ってしまったのかとシリウスが顔を近づけた時、続きの言葉が始まった。
「君が紳士なのは知ってる。時々愉快になるくらい君は紳士だ」
「なんだそれは」
「……いいよ。でも私が?君が?どちらがするのかな?」
「そうだな、もしよければ俺が」
「さっきも君だった」
「俺はどちらかといえば、する方が好きなんだ」
「本当に?とてもそうとは思えない時があるけれど」
 気分を害したシリウスが、実力行使とばかりにキスをしようとしたのだが、リーマスは軽く顎を引いてそれをかわした。彼が至近距離で笑ったので、吐息がシリウスの頬にかかる。
「……私はどちらの方が好きなんだろう。私は君の手が……」
「手?お前本当に起きているのか?」
 シー、とリーマスは優しく注意した。ベッドの中で秘密の計画を相談する従兄弟同士のように悪戯っぽく親密な仕草。
「これは大切な問題だからゆっくり考えなくては駄目だ。言ってなかったっけ?私は君の手が好きなんだよ」
「初耳だ。どうして手なんだ?」
 リーマスは目を瞑っていても、不思議そうに自分の手を見ているシリウスの姿が想像できた。実際、彼の予想通り、シリウスは自分の手を眺めていた。
「それは秘密。……でも君の手の動く所を長い時間見ていられるのがいい……」
 寝顔と見紛うばかりのリーマスの安らかな表情。唇だけがゆっくり動いているのをシリウスはじっと見守った。
「私はつい癖で君の両手を押さえつけてしまうから、あれは可哀想だよね」
「そうだったか?」
「そうだよ……。どちらの役割の君も、何だか一生懸命で可愛い気がするけど……」
 眠っている人間特有の温かい手のひらで、シリウスは髪を撫でられた。じんわりと伝わってくるぬくもりが妙に心地よくて、彼は目を閉じる。静寂の中、寝息に限りなく近いリーマスのゆっくりとした呼吸が響き、シリウスは何とはなしにそれに合わせて息をしてみた。
「好きといえば、君の髪もそう。……黒くて、冷たくて……夜みたいだ……」
 子供の頃、眠る前に聞いたおとぎ話の類をシリウスは思い出す。優しく眠気を誘う甘い声。
「君は夜に似ている……君の名の星が輝く時間……そして……」
 リーマスの声は高くもなく低くもなく、聞き取りやすく、説明や講義や朗読に向いている。犬の聴覚を持っている時に名を呼ばれる声と、囁く時の少し掠れた感じの声がシリウスはとりわけ好きである。
 自分達が何の話をしていたか、彼はもはや思い出せなくなっていた。意識がゆるやかに薄れていく。
「……シリウス?」
 リーマスは目を開けたが、シリウスは目を閉じたままだった。ゆっくりと上下する胸。安らかな寝息。
「良い子だシリウス。おやすみ」
 声を出さずにそうつぶやくと、リーマスはシリウスの額に自分の額をつける。
そして安心したように、元いた眠りの世界へと戻った。





あとがき:
シリウス…あんた…のび太じゃないんだからさぁ。



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