しもやけと熱射病 「最近不思議な夢を見るんだ」 「……夢?」 「そう。それも何度も同じ夢を見る。何かの予兆だろうか」 「……どんな」 「見渡す限りの大雪原に俺はいて、そこを1人で彷徨っている。激しい吹雪で、髪や眉は雪だらけ。唇や睫毛は凍っている。素手素足の指はすでに全部ひどい凍傷に罹っていて、今にも落ちてしまいそうなんだ。でもそこをずっと歩いている、そんな夢だ」 ルーピンは特大のあくびを1つした。 「……冬だから寒いんだよパッドフット。それでそんな夢を見るんだ」 彼らはベッドの上にいて、シリウスはサイドテーブルの明かりで本を読んでいた。その背に自分の背をぴったりと合わせるようにして、ルーピンは横たわっている。 それは最近出来たばかりの新しい習慣だった。 本格的に冷え込み始めた冬のある日、シリウスがルーピンの寝室へ枕を持って現れたのだ。開口一番「2人で眠ればいくらかは暖かいだろう」と。ルーピンは笑った。「それは、君が私に何らかのお願いをするのが相応しい種類の話に聞こえたんだけれど気のせいかな?」質問に対してシリウスは「気のせいだ」としか応えず、さっさとルーピンのベッドの半分の面積を占領した。 近頃になってようやくシリウスは我侭らしきものを言い始めた。「寒い」であるとか「暑い」であるとか。空腹や不調や欲しいもの、見たいもの、普通の人間なら自然に口にする色々な欲求。しかし彼は、あの冷たい牢獄でそれら一切の能力を失ってしまっていた。ルーピンはもう二度とシリウスのあの口調を。伝説にさえなったあの懐かしい勝手放題を聞くことはないのだと思ってすらいた。 さすがに聞き遂げられなければ即座に癇癪を起こした、昔のままの調子ではない。どちらかといえば欲求をぶつける事自体を楽しむ響きのあるような我侭だ。罪がない。 懐かしさに加えて、ルーピンは人に我侭を言わせるのが嫌いな方でもなかったので大抵は彼の要求を笑って受け入れる。そういう訳で近頃では毎日、彼らは同じベッドで眠っていた。 「眠いんだな?お前は昔からそうだ」 「確かに眠いけれど、話くらいはちゃんと聞くさ。頭だってまだ働いている。この状況と今の夢、二つながらに関連した昔話をしようか?少年の頃に君は言った。『冬山で遭難して、杖がなくて、凍死する羽目になったとしても、男と抱き合って助かるなんて御免だ。それくらいなら死んでやる』」 「・・・・・・・」 「そんな君が長じて男に添い寝を頼みに来るとはねえ。人生には時々信じられないような事が起こる」 「……そんな下らない記憶は今すぐ捨てろ。もっと益のある事を覚えているといい。リーマス」 「どうして。可愛らしいじゃないか」 「邪魔をして悪かった。寝てくれ。良い夢を。なんなら額にキスしてやる」 「いや結構。おやすみパッドフット……」 少しだけ沈黙が落ちて、シリウスがページをめくったかすかな音がした。ルーピンが薄く目を開ける。 「……そういえば私も昨日、砂漠の夢を見たよ」 「何だって?」 「砂漠で、暑くて、熱射病なんだ。目が廻って、倒れる。それだけだ。お休み……本当に……」 「待て。目を開けろ」 「寝ていいと……言ったじゃないか……」 「予知夢だったらどうするんだ。何かの事故で―――」 「……君はキリマンジャロ、私はゴビ砂漠かい……?そうなったらそうなった時の事さ。夢占いなど信じていなかったくせに……」 「明かに変だろう?どうして雪原と砂漠なんだ。共通点がある」 「……ないよ」 「何かあってからじゃ遅いんだ!リーマス」 「……ひどいな君は……ゴビ砂漠で行き倒れてもいいから眠らせてくれ……」 「駄目だ」 「なんなら交替してもいい。ゴビ砂漠は君に譲って……」 「そういう事を言ってるんじゃない」 「起きる。起きるから揺さぶるのはやめてくれ」 あまりに熱心に左右に振られた為に気分の悪くなったルーピンは渋々瞼を開けた。自分の顔を覗き込んでいたシリウスと目が合って溜息をつく。 「……要するに何か納得のいく原因があればいいんだね君は。考えよう……適当に」 「何だと?」 「適切な解答を、と言おうとしたんだ。ええと、最近2人で旅行記を読むか見るかしなかったかな」 「していない。……2週間くらい前にリゾート地の特別番組を見たくらいだ」 「さすがは人間レコーダー……人から『悪夢の呪い』を受けるような覚えは?」 「お前と同時にか?薄汚いドブ鼠とヘドロ髪男くらいしか心当たりはないが、あんなカス共の術が俺とお前に効くものか」 「ピーターとセブルスは違う、と」 「寝室で奴等のファーストネームなんか口にするな。ゾッとする」 「ここは私の寝室だよ……どうでもいいけど」 「予知夢じゃないのか?近々……仕事で行ったりはしないのか?」 「しない。私の心配はいいから、自分の事だけ考えてくれ。だいたい君はエネルギーを無駄な方向に……」 そこまで喋ってルーピンはぴたりと黙ってしまう。 「リーマス?」 「ああ、分かった」 突然彼は身を起こしてシリウスの肩を掴むと強く抱きしめた。 「何?何だ一体」 習性でルーピンの背に腕を廻し、シリウスが訝しそうな目を向ける。 「こうすれば君にも分かるかな」 彼は自分の首筋をシリウスの首筋に押し当てた。なめらかな感触。そして――― 「冷たい」 「正解。原因は体温の差だ」 「まさか」 「少なくとも2度は違う。それだけ違えば君から私へ、夜通し盛大に熱が流れ続けるさ。結果、君はずっと寒く、私は暑い」 シリウスは納得が行かないのか自分の額とルーピンの額に手を当てて比べてみたり、もう一度抱きしめてみたりした。 「……しかし、どうして今になって。これまでだって一緒に眠る事はあっただろうに」 「くっついて、普通に眠るという習慣がなかったからね。2人で暮らし始めて最初の冬だ」 「……そういえば、いつもやった後――――」 「黙りたまえ」 「……えーと……じゃあ、こうやって一緒に眠っている限りは雪原の夢と砂漠の夢を見続けるわけか」 「そうなるね」 「どうする」 「いや…別に…君が決めていいよ」 「しかし眠るたびに砂漠の夢では苦しいだろう」 「君が騒ぎ出すまで気付かなかったくらいだし。私はどちらでも構わない。君こそ大変だろう?夢とはいえ凍傷で指がなくなったりしたら」 「俺よりはお前の砂漠が……」 「というかシリウス、ここは私のベッドだから。これ以上私はどこへも行きようがないんだ。君が決めてくれ」 「そうか……そうだな……」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 彼らはベッドの上に向かい合って座り、いつまでもそうやって大真面目に首を捻っていた。 真っ暗な寝室の中で、2人分の安らかな寝息が響いている。 シリウスもルーピンも結局のところ、離れ離れに眠って寒い思いをするよりは、霜焼けと熱射病の夢を見る方を選んだようだ。おそらく今も2人は、砂漠と雪原の中をうろうろと歩いているのだろう。 しかしその寝顔に苦しげなところは少しもなく、却ってどことなく幸せそうな表情を彼らはしていた。 友人へ。誕生日のプレゼント代わりのリク。 タイトルのみ指定だった(流行なのか?)。 生活に密着したリクばかりだな。 体温や血圧などは、出来るだけ人並みがいいです。 私はよく医者に注意されます。でも注意されたからって 上げたり下げたりできるものでもなかろうよ。 あ、体温の単位について調べるの忘れた。邦訳ってことでひとつ! BACK |