誕生日とプレゼント14
「狼には向かない職業」というエンタテインメント作品がきっかけとなり、魔法界は今、空前絶後狼人間ブームが訪れていた。 「魔法界は狼人間を発見したんだ」というのは、作品の産みの親、シリウス・ブラックの言葉である。 ルーピンは本当に良かったと考え、「結構な事だね」と述べたが、どうやらそれは皮肉だったらしく、シリウスは唇を曲げた。 魔法界の街には狼の意匠が溢れ、人朗に関する書籍は増え続けた。狼人間のコメディアンが人気を博し、狼人間向けの商品が次々に登場した。 今日はルーピンの誕生日であるので、狼人間ブームの見物に来た彼等は、流行の芝居を見て、夕食にする予定にしていた。演劇のタイトルは「狼少女」人狼ブームに乗った作品の中でも、とりわけ人気の舞台劇だった。 基本的に芝居見物の好きなシリウスは、機嫌が良さそうにしていた。舞台美術も冒頭の演出もお気に召した様子の彼を横眼で確認し、ルーピンは一安心した。出来のよくない舞台を見るとシリウスは荒れるのだ。勿論同行者に八つ当たりをする類の怒りではないが、ルーピンは単に友人ががっかりするところを見たくないのだった。 どうやら物語は人狼の少年に恋をする少女を中心に進行するようだった。その黒い髪をした傲慢で美しい少女が話し始めた時、ルーピンはおや、と首をかしげた。知っている誰かに似ている気がしたのだが、それが誰かは思い出せなかった。 美しく、優秀で、名門の出の彼女は学園の女王だった。誰もが彼女と知り合いになりたがり、先を争って声をかけようとした。 そんな折に彼女は学校で不思議な少年と出会う。 彼は地味な男子で、壁と同じ色の私服を着て、騙し絵のように目立たず隅にいた。天気のいい日は何とか見つけられたが、雨や曇りの日はほぼほぼ見えなかった。 ある日彼女はその壁の少年に声をかける。 しかし少年は話しかけてきた学園一番の有名人に対してまるで無感動で、少し困った様子だった。 これまで憧れの視線と嫉妬の視線しか受けた事のなかった彼女は非常に驚き、少年を意識するようになる。 珍しいお菓子や、とっておきのいたずら道具を分け与えても、テストに関する有益な情報をシェアしても、少年の態度は変わらなかった。友達になろうと言っても「面白くないですよ。僕なんか」という断固否定の答えが返ってきて少女は地味にショックを受けた。 それから植物の面倒を見るような根気強さで話しかけ、月日が過ぎるうちにようやく会話が発生するようになり、少女は、月に一度姿を見掛けなくなる少年が何を隠していたかを知ることになる。 それから少女は何事かに没頭し、授業をおろそかにし、皆の前に姿を見せなくなる。 少女から呼び出しを受けた少年は固い表情で、もう会わないし話さないという決意を告げる。どちらも泣いていた。しかし少女はこれからも2人は友達だと叫んだ。彼女の感情に同調するように、森の木々がうねり、音楽が高まる。霧が風に流れ、彼女の姿が溶ける。 そして次に彼女の全身が見えた時、そこには巨大な黒い狼がいた。 観客は口々に大声をあげた。変身の演出効果が、素晴らしいものだったのと、少女がまさかそんな手段に出るとはよそうできなかった、その意外性に。シリウスとルーピンも勿論声をあげたのだが、他の観客たちとは少々違う理由によるものだった。2人とも頭を抱えたい欲求と闘っていた。 この話は、明らかにホグワーツ時代のシリウス・ブラックをモデルにしていた。 たしかに少年の頃のシリウスは高慢で、何ならこの芝居の主人公よりも鼻もちならなかった。初めのうちはルーピンに対して見下す気持ちが確かにあり、自分を無視する少年をどうしても従わせたいというあまり純粋とは言えない動機も持っていた。 ルーピンはあれだけ親切を受けても、これっぽっちも有難さなど感じなかった自分を少し恥じた。あの頃の彼は周囲のすべてを警戒していたのだ。 なんとなく正面から舞台を見られなくなった2人をよそに物語は進み、ヴォルデモートの影が魔法界に暗い影を落とし始める。 名門の血を継ぎ魔法の才能もずば抜けていた彼女は、反抗組織のリーダーになるよう皆に望まれるが、いつしか愛し合うようになった人狼の青年と共に生きるため、姿を消すという結末を迎えた。 雷のような拍手と止まないアンコールに、3度、4度と役者たちが舞台へ戻ってきた。 「当時は本当にごめん……愛想がなくて……。まさかあんな感じ悪かったなんて」 「いやこちらこそ……強引で悪かった」 俯いたまま拍手をする2人の、謝罪の応酬が始まった。幸いにして多くの人が泣いていたので、彼等の不自然な挙動は目立たなかった。 前の席の若い女性たちが泣きながら 「いくら愛の為でもアニメーガスを習得するのは無理だと思うけど、でもそれが夢みたいですごくよかった!すごくよかった!」 「原作買う!」 「私も!」 と大声で話しているのが聞こえてくる。 シリウスは小声で、 「いや、大切なひとのために本気でやればできる」 と反論した。 「できないよ。合法になった今ですら、アニメーガスは数少ないのに」 「えっ」 「当時からありえないと思ってたよ私は。感激したし嬉しかったけど、普通はできないよ」 「本人にそう言われると……」 「ずっと思ってた事を言えてスッキリした」 「……しかしこれプライバシーの侵害じゃないか。人狼の友人にアニメーガスといえば何割かの人間はシリウス・ブラックがモデルだなと思うだろう」 「まあね。主役の彼女、すごく似てた。昔の君に」 「実際ホグワーツで俺が喋っていたことがセリフにあったからな。たぶん当時学校にいた誰かが書いたに違いない。断りもなく発表されるのは不愉快だ。訴えてやる」 「まあまあ、あの時代を生き延びた人だよ。許してあげては?たしかにちょっと失礼だけど」 「本当に失礼だ。俺はあそこまで調子に乗ってはいなかった」 「いや。当時の君はあんなものじゃなかったよ」 「えっ」 「それより学生の頃の私はあんな視覚トリックみたいに壁と一体化してたかな……」 「言いにくいけど答えはイエスだ」 そうして彼等は劇場を後にしたが、道すがらずっと劇と過去の自分達の話をしていた。 「狼になる予定だったんだよね最初は」 「あんな挫折は初めてだった。屈辱を味わった」 「そんな大仰な。アニメーガスはひとの本質なんだから仕方ないよ。いいじゃないか、君は組織に尽くす狼と言うより、人類の忠実な友人だ」 「慰めありがとう!本当に誰だ。よく覚えてるな」 レストランでの食事は、話に花が咲くというレベルではなく白熱したが、とりわけ「狼少女」の作者ではないかとシリウスの考える人物に話題は集中した。 彼は当時文学に興味を持っていてそして虐殺を生き延びた男女の名を20名ばかりスラスラと口にした。 「最後に名を挙げた八ッフルパフの彼女が作者だと俺は思う。劇の内容は女性好みのロマンチックなものだったし」 「君だって相当なロマンチストだと思うよ」 「否定はしない」 「私は、彼女が作者だとは思わない」 「なぜ?」 「なんとなく」 ルーピンは、このとき実は作者に関してある推測を持っていたが、思うところあってシリウスには伏せていた。その人物はシリウスやジェームズ、彼らの仲間を知っている世代で、学園にいて情報を得ることができた。そしてシリウス・ブラックの人柄をよく知っていて、なおかつ様々な才能に恵まれ、見よう見真似で戯曲を書いてしまえる。文学に興味のないシリウスが突然ベストセラーを産み出したように。 シリウスはこの舞台の作者候補から彼を除外している。何故ならシリウスは彼の生存を知らないから。 そこまで考えて、ルーピンはシリウスがテーブルの上に美しく包装された箱を置いているのに気付いた。 彼は背筋を伸ばす。 「お前の苦手な物理的プレゼントだが、これなら少しは喜んでいただけそうなので」 へりくだって差し出された包みを開けると、中から空押しを施され金糸で装飾された上品な本が顔を覗かせた。 タイトルには「狼には向かない職業」とある。 「豪華装丁本を作ってくれたんだね……」 ありがとう、と言いかけて、ルーピンはタイトルの後ろに付けられた数字に気付く。 「2!?」 シリウスが満面の笑みを浮かべた。 それはシリウスがルーピンのために作った物語で、書籍化されたのちは魔法界のベストセラーになり一大ブームを巻き起こした。 ルーピンは両手で口元を覆う。 「続編!?」 「どうやらそのようだ」 「これは?出版前に私に読ませてくれるとか、そういう?」 「いや、今のところ発表等は考えていない」 ルーピンは狂人を見る目をして黙ったが、首を振って何やら思い直したようだった。 「まずは私の大好きな彼等に再会できたことを喜ぼう……」 「登場人物たちを愛してくれてありがとう」 「いやしかし、あそこからどうやって続けられるんだ?あれは夢だったとか」 「そんなに期待なさるな教授。中身はつまらないポルノかもしれない」 「君に限ってそれはないね。思いがけないプレゼントをありがとう。嬉しすぎて早く家に帰って部屋に閉じ籠り、読みふけりたいくらいだ」 「まだデザートが残ってる」 「デザート……デザートを残しては帰れない」 「だろうとも」 ルーピンは食後もずっと左手でプレゼントの本を抱え、帰り道になると両手でしっかりと抱えて歩いた。それはなにがしかの球技のスポーツ選手のようだった。 当然ながらそれから2、3日の間ルーピンは本の世界にすっかり没頭し、魂のない状態でシリウスと暮らしたため、分かってはいても原作者はプレゼントをほんの少し後悔せずにはいられなかった。 しかしルーピンは物語の世界から無事帰還し、かつてシリウスが体験したことのない情熱的な人格をもって、1日中彼を質問と要望攻めにしたので、やはりシリウスは更にプレゼントを後悔したのだった。 いつもと同じく「楽しそうだなあ〜」という感想です。 や、でも劇作家が本当に先生の推測通りなら、 すぐに引っ越した方がいいよ…。 好きな人を女体化して、しかもNTRものにして 商業で当てちゃうんだよ…こわいよ。 2020.03.10 |