「そのうちに、君か私どちらかが死ぬことになるよ」 あのとき私は息も絶え絶えになってそう言った。笑いに笑っていた。なにしろ目が覚めたら羽が生えていたのだ。それも特大の!髪の色と同じ鳶色の羽根だった。その日は私の誕生日で、言うまでもなくシリウスからのプレゼントだった。羽ばたいて垂直に上昇するにはかなり巨大な羽根が必要だというのは知識として知ってはいたが、それにしても大きかった。気が進まないながらも飛び上がってみると、スリルやスピードを楽しむ前に笑いがこみ上がってきて、飛んでいられなくなった私は左に右に舞いながら力なく落下し、シリウスに大声を上げさせた。中年男が背中に羽を生やして飛んでいる!子供や、もしくはシリウスのような特殊な容貌の人であれば天使に見えただろうけれど、私のような一般的な中年男が羽ばたいているのは不気味だ。あの日は午前中いっぱいを、飛びあがっては我に返り笑って落ちる作業に費やした。蛇足ながら述べておくと、猛烈な勢いで空腹になった。羽根は大変に燃費が悪いようだった。 シリウスは律儀に毎年、私を驚かしてくれる。それはもうプレゼントというささやかな言葉には相応しくない、祭りであり式典であり儀式であった。実際彼は神もしくは悪魔をも呼び出し(そして微妙に失敗をし)、あらゆるものを建造し、合法と違法の境界線上の魔法を造りだし、その恵まれた才能のすべてを傾けて私の誕生日を祝ってくれた。ある時はパワーショベルを使い、またある時は人工衛星を使った。マグルの巨大ロボが登場し、太古に滅んだ恐竜たちが復活し、時空をゆがめて、そして大気圏を突破した。規模は拡大し、私の驚きもそれに比例した。「そのうちに、君か私どちらかが死ぬことになるよ」とは言ったが、シリウスはともかくとして、私がこんな驚きや笑いと共に自分の誕生日に死ぬのなら別に構わないではないかと、実はそう思っていた。 しかし一方であのエネルギーは何か別の事に使われるべきだったのではないかとも考えていた。栄誉ある賞が幾つも取れたのは確実だ。私はハリーの勧めに従い、途中からは写真などで記録しておくようにしたが、それ以前のシリウスの作品は記憶の中に残るばかりで非常に残念だ。 だがあの赤い惨劇の年。あれだけはいただけなかった。シリウスは私をぴかぴかの赤い車でロンドンへ連れ出し、そして必要経費については考えたくもないほど高級なデートコースをプレゼントしてくれたのだが、その大きな車は何故かドアが真上に跳ね上がる仕組みになっており、マグルの車両に詳しくない私でもその車が一般的なものでない事は分かった。シリウスが車から降りるたび周囲の人々は彼に注目し、それは決して悪い視線ではなく却って賞賛のまなざしであったと思うのだが、しかし続いて車から降りなければならない私にしてみれば両者に大差はなかった。もういっそ2人で馬の上で逆立ちしながら移動した方が、まだましではないかと思われた。 「あの赤い車がレンタルでよかった」 私の声には似ても似つかない音が出た。ほとんど喋る怪獣だった。そう言えば私は流感で寝ついていて、今日は私の誕生日なのだった。今年の初めにシリウスが倒れて3月に私が倒れるとは、どうやら我々にとって今年は病の年らしい。 目を開けると、部屋の明かりが沁みた。照明が点いているから今は夜なのだろう。長らく閉じていたせいではっきりと見えない視界。まぶたがやたらに分厚く感じられる。 私はベッドの横の椅子に掛けていたシリウスに笑いかけた。 「誕生日を倒れたまま過ごすなんてがっかりだ。今年もとても楽しみにしていたのに。さっきまで毎年のプレゼントの夢を……」 急速に我に返った。 ぼやけた頭でシリウスだと思っていた人物はハリーだった。そういえばお見舞いに来てくれて云々という話を夢うつつに聞いた気がする。いま私が彼をシリウスだと勘違いした事に気付いただろうか。私は微笑んだまま考えた。おそらく気付いただろう。 「それシリウスが聞いたらきっと喜ぶよ。話してもいい?」 私は静かにダメージを受けた。自分の誕生日を楽しみにしている中年男、いや厳密に言うなら初老の男だ。自覚はしていたが、人に知られるのはまた別種のつらさがある。 「……自分で言うよ、ハリー」 「うん。5年以内に言わなかったら僕が言うからね。誕生日おめでとう」 物真似をしているのかと思うくらいジェームズに似ていた。そのものの言い方といい、視線といい。不意をつかれたのと熱のせいで涙が浮かびそうになって、私はそれを目を閉じて咳をする事で誤魔化した。 「ありがとうハリー。もしかして私に付いてくれている?うつってはいけないから下へ行きなさい」 ハリーは笑って本を閉じた。 「僕は若くて体力もある。それにこんなに湿度の上げてある部屋だもの、平気だよ」 3月とは思えないくらい、部屋の空気は暖かく湿っていた。シリウスの魔法だ。 「君に病人の番をさせておいてシリウスはどこへ?」 「それがね、効き目の速さではマグルの薬の方が優れているって話をしたら覿面にそわそわし始めて、結局出掛けて行っちゃった。ごめんね先生」 「いや、ハリーは悪くないよ。こんな夜更けに……日付の変わる頃だろう?」 「うん、そんな時間です」 「寝ていれば治るのに……」 「まあでも高熱が3日も続いたらシリウスでなくても不安になるよ。先生は普段から……」 ハリーの言葉が不意に途切れたので、私は彼の顔を見た。眼鏡の奥の眼が珍しく緊張していた。驚いた事にハリーは杖を抜いた。過去の経験からこの青年は杖を片時も手放さないのだ。 ハリーの視線を辿ると窓があった。私が最初に見たのは窓の外にある黒い手だった。黒皮の手袋。 ふわりと窓が開いた。 そこから入り込んできたものは、簡単に言えばシリウスだった。もう少し詳しく言えばシリウスの顔をした何かだった。黒い外套を着て、マフラーをしている。決定的に違うのは大きな黒い翼だった。黒絹のドレスのような光沢。彼の髪と同じ色の。 むかしシリウスの呼び出した神か悪魔が今頃になって戻ってきたのかと思った。しかし基本的に彼等のようなレベルの存在は、儀式なしには来られない筈だ。黒くて羽があると言えば死神が連想されるが、だとすればどうしてこの家に出る人外のものはシリウスの顔をしているのだろう。何らかのサービスだろうか。それとも私の目がおかしいのか。しかし人狼の病に耐えた私が、風邪で死ぬのは釈然としない。なによりシリウスが不在の時に死ぬのはまずい気が、猛烈にした。 「どうしよう、ハリー」 私とハリーは思わず手を取り合った。 「違うよ先生、超常的な何かじゃない」 老いた親と孝行息子のように身を寄せ合った私達を見て、シリウスの顔をした者は黒い翼を閉じて言った。 「この家にはそろそろ車が必要だ」 「シリウス?」 私とハリーの声が揃った。 「?どうした2人とも。リーマス、ハリーに教えてもらった銘柄の薬を買ってきた。新しい水を持ってくるから飲め」 抜けた羽根が1枚床に落ちた。几帳面にそれを拾うと、シリウスはガサガサと鳴る袋を持って階下に降りようとする。 「薬を買うために、ええとその格好を?」 「ああ、翼の話か?犬になって走るより早いからな。それに空からだと営業中のドラッグストアを見つけやすい」 「うん…………寒いのに済まなかったね。あれ?しかし君、そのままマグルの薬屋さんに入ったのか?」 「堂々としていれば案外騒がれないものだ。『よく出来てますね』とは言われたが」 「そうか…………」 シリウスを見慣れた私とハリーでさえ人間ではないと思ったのだが、マグルの人々は案外肝が太いらしい。 手を出して、羽根に触れたいと言ってみると彼は目を細めて少し笑った。警戒されているようだ。動物虐待はしないと誓うと、渋々ながら背を向けて羽根をこちらへ伸ばしてくれた。 黒い羽根は柔らかくて暖かかった。パッドフットの毛並みに似ているがあれより軽そうだ。さすが寝具の中身にされるだけの事はある。 「これにくるまって寝たら暖かそうだね」 「御希望なら添い寝致しますよ教授」 さらさらとした手触りを楽しんでいるとシリウスが振り返って咎めるような顔をした。くすぐったいらしい。そう、羽根は触られると飛び上るほどこそばゆい。私も経験済みだ。 妙に明るい木琴のような音が鳴ってそちらを見ると、ハリーが小さな機械でシリウスの姿を撮影していた。私はこういう場合ついついぼんやりと見てしまって記録や撮影を忘れるがハリーはしっかりしている。見習わなくてはいけないなと思った。 シリウスは屈託なく翼を広げてポーズをとっていた。まごうかたなき翼の生えた中年男であるが、その姿は完璧で美しかった。 今年の誕生日はあいにくとシリウスの用意していたであろうプレゼントを受け取ることが叶わなかったが、忘れ難い日であるという点においては過去の誕生日と変わらない。 ハリーが小さな機械をこちらに向けたので、私とシリウスは並んで微笑んだ。木琴の音が鳴って、ハリーはあとで写真を送るよとウィンクをした。 3月は明るい気持ちになるいい月です。 先生お誕生日おめでとうー。 でも今年は病欠だな先生。 羽根には神経が通っていて、 しかも出来たての神経だから四肢の感覚より鋭敏で、 それに気付いたシリウスによって 午後の間ずっと羽根を撫でまわされて、 全身がふんにゃりして立てなくなったルーピン先生は 「一緒にベッドへ来て、責任を取ってくれないか?」と 渋々言わなくてはならなかったという過去があります。 シリウスは仕返しを恐れている(笑)。 (あとがきで唐突にアダルトな話に!) 羽根は1日経つと勝手に消えます。 御満悦のシリウスが部屋中に散らばった先生の羽を 記念に何枚か残しておいたのに、 翌日には全部消えていて、かなり落胆したとかしなかったとか。 話は変わって、 私はメタフィクションものは大好きですが そういえばシリルでメタをしようという気には、あまりなりません。 ルーピン先生に 「一度でいいから君の誕生日を祝ってみたいよ」と 言わせたりとか! なんとなく心の一部でシリルは創作物じゃないと 思っているのかもしれません。 きもい上等! 私にとっての彼等は 原作のあらすじからぴょーんと飛び出して、 ちょっと不思議な空間で生きている、 不思議なひとたちという感じ。 あとシリウスの誕生日は8月か12月だと思う。 2012.03.10 |