「ディア・エヴァン・ハンセン」










トニー賞で9部門を受賞した舞台の映画化。
社交不安障害を抱えて学校生活を送るエヴァンには友人がいなかった。
孤独なエヴァンがある日、よかれと思ってついた嘘が
学校と地域、そしてネットを通じて世界に強い影響を与え…というあらすじ。

主人公エヴァン・ハンセンのとった行動には
かなり問題があると私は思うのだが、
なにしろ彼はめちゃくちゃに歌が上手いので(舞台版主役)
彼が歌うとなんとなくそれで万事オッケーなような気がしてくるのでした。
楽曲はどれもキャッチーな感じ。

https://www.youtube.com/watch?v=W0pbw846tiM

嘘の影響がどんどん大きくなって破裂する系の話なので
共感性羞恥の強い人は注意。

ラストまでばれ

エヴァンが嘘を告白するシーンは
私が「ウワアアアア!」って大声を上げて劇場から走りだしたかった。

この話のテーマは
「君が苦しくつらいとき、誰かがきっと君を見つけてくれるから信じて」
だと思うのだが、
見つけてもらえなくてコナーは死を選んだわけだし、
ラストでエヴァンは愚かな行為を許された訳でもない。
そもそも「エヴァンは自分を嘲笑したのではないのかも?」
と考えたコナーが声を掛けてみて、
その結果「エヴァンはやはり自分を馬鹿にしていた」と
被害妄想を抱いて死んだと考えるのが妥当な流れで、
しかしその可能性に関してはなぜか1度も誰も言及しない。
悪意があったわけではないが知人の自殺の引き金となり、
悪意があったわけではないが他人の死をアクセサリーにして周囲の注目を浴び、
悪意があったわけではないが以前から好きだった人が打ちのめされているときに
嘘をついて親密になるという話なので、
歌の爽やかさと不協和音を起こして、なんだかもぞもぞした。
(アラナの行動にも問題があるが、
プライバシーと生死とセックスに関係するものは
未成年はネットにあげるなと、強く学校で刷り込むべき)

強いて言うなら、お母さんはエヴァンを再発見したので
そこがテーマに沿っているということならそうなんだろう。

コナーは問題の多い人物で、特に妹に対しての行いは虐待に近かった。
それを「彼は実はいい奴だった」という、万人が好む風に真実を180度曲げるのは
これは賛否が分かれると思うが私は駄目でした。
なのでエヴァンの創造通りにコナーが次々と歌詞を変えて歌うシーンはぞーっとした。
死者に人権はないのだから、生者のために存在するべきという歌。

マーフィー家の方々は、エヴァンのために泥をかぶってくださって
なんていい人達なんだろうと思った。
ちなみにマーフィー家のお母さんはエイミー・アダムス、
エヴァンのお母さんはジュリアン・ムーアでした。

そういえばエヴァンが手紙を取り上げられて、
UPされるのを恐れて何度もエゴサーチするシーンも嫌な汗出た。
いまの学生さんはどんな場面を撮影されるか、SNSの発言を晒されるか
毎日微妙に不安なんだろうな。私はどんくさい子供だったので、
あの頃にインターネットがなくて、心からよかったと思います。

恥をかきたくない、つらい、独りぼっちだ、消えたいと思っている子に
絶対に誰かが見つけてくれるよ!とは私には言えないんですが、
自分のことを忘れてしまうくらい他人や他の何かに興味をもって、
好ましいところや面白いことを追っているうちに
つらくなくなることはあるよ!…くらいですかね言えるのは。










2021.11.29 サイトに掲載

2022.05.08 再掲載





戻る