「狂つた一頁」










1926年(大正15年)公開の映画。
SNSで話題になっていたので見ました。
監督:衣笠貞之助
原作:川端康成

アマプラの説明には
精神病院でメッセンジャーとして働く若い娘は
入院患者の女とその夫のやりとりをとりもつうちに
狂気に取り込まれる……というようなことが書いてあったが
見ていて「何か違うような?」と思って調べると
自分の虐待で妻が発狂してしまった男が
つぐないのために精神病院で小間使いをしている。
すると娘が成長して母親に会いにやってくる。
娘は結婚が決まっており、その報告に来たのだった。
男は自分が福引で当てたタンスを
娘に与えて喜ばせるところなどを想像する。
男は妻を逃がして娘と2人で会わせようとするが狂った妻は拒否する。
男は病院の狂人たちを殺したり、その顔に面をかぶせたりする幻想を見る。
というあらすじのようでした。
セリフのない映画で空想シーンが2回も入るとさすがに訳が分からなくなる。

当時としては大変実験的な映画だったと思う。なにしろ約100年前!
(オーバーラップとか、市川監督を思い出したが影響を受けられたか、
あるいは他の方を介して受け継がれたのか)
しかし今見ると、いかにも昔の日本といった感じの…
根底にあるのは日本文学っぽい、女の肉体的な美しさと、男の苦悩だなっていう。
あとまあ、100年前の犬がかわいい!鳥もかわいい!とか、
昔の福引ってこんな感じだったのかー。箪笥が当たっても担いで帰るのかー、とか、
昔の和服の女性は、思ったより大股で歩いていたのだな。どうして着崩れないんだろう、とか。

気の狂った人を、見てはならぬ禁忌、衝撃を与える題材、
そして一種の神秘的なもの、聖なるものとして扱っている節がある。
それはまあ一時期の映画では複数あるが、狂人パートが長い。
見たところ重度の患者しかおらず、これは誇張なのか
それとも当時の病院事情に忠実で、
現在ならば入院の必要な鬱病患者等は個性の範囲として各家庭に留まっていたのか、
どうなんだろう。








2021.05.30 サイトに掲載

2022.05.08 再掲載





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