「TENET テネット」










クリストファー・ノーラン監督の新作です。
前情報としてノーラン作品で最も難解と聞いていたので、
たっぷり寝て行きましたが、それで6割理解といったところです。
パンフレットを読んで7割理解になりました。
今回のパンフはとても親切に長文と図で解説してくれているので
買える人にはおすすめです。
あとノーラン監督が表現しようとしていたことを初見で
すべて理解できる人は殆どいないと思うのですが、
でも普通にスパイアクションとしても楽しめますので(たぶん)、
安心してください。

キエフの劇場で、味方スパイの救出と
プルトニウムの回収ミッションに従事していた主人公は
敵に捕らわれ壮絶な拷問を受ける。
しかし秘密を吐くことなく死を選ぼうとした彼は救出され
巨大な侵攻勢力との戦いに参加してほしいとスカウトを受ける…というあらすじ。

大筋はわりと定石タイプなのですが、
時間の解釈と法則と演出方法が、これまでになかった
ノーランオリジナルなものなので
「え??ちょっと待って!ちょっと待って!しばらく考えさせて!!」ってなります。
よくこんな事思いつくな?
そして「多くの観客はこれくらいは理解できるだろう」と考えて公開されたんだな。
ちょっと…それはどうかな…。
もうかれこれ20年くらいずっとノーラン作品を見ていますが、
私にとっては「わーーーこんな映画見たことないー…」ってものを毎回見せてくれる
魔法使いのような監督です。

ラストばれ

タイトルはラテン語による回文由来。
この詩の中に出ている単語は映画の中ですべて使われています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/SATOR_AREPO_TENET_OPERA_ROTAS
この詩を5文字ずつ配列すると回文のうえに縦横同じ単語が並び、
その中央にTENETが来るのですが、
映画も、このように過去のProtagonistと
未来のProtagonistが十字に物語を串刺しており、
偏執的で、何を食べたらこういう発想になるのかゾーっとします。
しかもお話も回文になっていて、
私は未来スタートのニールの物語が見たい。
映画でなくても、小説でもいい。

現在世界での出会いは主人公がニールを知らず、
未来世界での出会いはニールが主人公を知らない。
ニールが逆行を始める回文の中間点でのみ彼らの友情は存在する。
空気も吸えないような逆行世界をおそらく何年も耐えて、
最終的に命すら投げ出すような、
ニールのあのひたむきな献身は一体何が理由なんだろうか。
考えれば考えるほどジワジワくる2人です。

この映画でのタイムリープは任意のポイントにジャンプするものではなく
パンフの例えが分かりやすいが、電車に乗って移動するのに近い。
電車に乗って(回転ドアを通って)望む時間まで逆行で過ごし、
(逆行中は空気も吸えないしエネルギー法則も逆転する)
そして電車を降りる(回転ドアを通る)と過去世界で正常に活動ができる。
幾つかのシーンではガラスの壁面や車線などの物理的仕切りを入れたり、
色分けしたりして分かりやすくしてくれてはいる。一応。

しかし最後の戦闘シーンは順行の人と逆行の人が入り乱れ、
残念ながら私の理解を越えてしまった。
ビルの爆破の、あまりにも複雑すぎる法則とか
初見で分かった人はヒャーって驚けたんだろうな…うらやましい…。
逆行の人は特殊効果でなく自力で演じてたそうだけど
たぶんよく分からないまま演じてた人もいらっしゃると思う。
ノーラン監督は頭の中で全部把握してたわけで、すげえな!
(役者さんの疑問に対して根気強くなんでも説明してくれてたけど
「そんなに深く考えなくてもいいよ」とも言ってたって(笑)パンフに書いてた)
ところでラストの挟撃戦闘のメリットって、よく分からないけど
単純に人数を倍にできること?
TENET世界は起こってしまったことは覆せない、
上書き+決定論という解釈でいいんだよね?
(多世界解釈の可能性も言及されてたけど)

ところでノーラン監督はデビュー作から一貫して発想重視型で、
物語の構成要素としての登場人物に最低限の描写をするが
人間の情感を細やかに描くのを目的とするタイプではありません。
キャラクターをもっと泣かせたり弱音を吐かせたりしたほうが一般受けするよ…
とは思いますが、そうなるともうノーラン作品ではなくなるしな。
あと同じく一貫して女性を描くのは苦手。
今回、武器商人の男がお飾りで黒幕が実は妻だったり、
主要キャラクター女性が死なずに圧迫から解放までが描かれたので
何か心境の変化があったのかしらと思いました。
いやしかしDV表現、実際の暴力はほぼ映ってないけど執拗すぎて
サービスシーンなのか?と勘繰りました。
DVと物語が密接に絡み合って分かちがたい映画は「透明人間」という秀作があるので
今回の女性ドラマはちょっと「?」という感じだった。
でもまあ弱点が1つくらいあったほうがかわいげがあるよな!

マックスがニールなのではないかという考察をネットで見掛けて、
それは死ぬために救われて成長するというのと、
そしてキャットが何より大事にしていた存在が結局は失われるというの、
どちらも残酷すぎるので私はそうではないと思いたい派です。
「雇われた」という表現が妙だし、
瀕死の母親を救う行為に(結果を知っているとはいえ)消極的すぎる。
しかし、もしマックスの名がマクシミリアンであればアナグラムでニールになるとか
結構大きな論拠がネットでは出ていて
あと気付いてしまいましたがDVおっさん、ウォッカ大好きでしたけど
ニールも最初にウォッカトニック注文してたんですよね…。ウワー。
監督はそのあたりを絶対に公表しないだろうしな。どうかな。

パンフレットを買わなかった、あるいは買えなかったひとは
こちらの考察がとても分かりやすかったのでおすすめです。
https://www.club-typhoon.com/archives/2020/09/18/tenet-nolan-film.html


見た後、ものすごく頭を使って眠くなりました。
体感的に長さは感じないけど、体調が悪い時や疲れているときに見る映画ではない。
あと新しさに特に価値を感じない人や、
娯楽で頭を使いたくない人向きの映画でもないです。






2020/10/08追記
「テネット」2回目を見てきました。
席を立って劇場を出るまでに7回くらい「分からん」という
色々な人の言葉を聞いて、でもみんな怒っている感じではなくちょっと笑ってて、
分からんハウスに集って分からん物語を楽しむ分からん愛好家、
てきな童話みたいでおもしろかったです。
1回目に見たときもみなさん「分からん」言うてたと思いますが
私がいっぱいいっぱいで全然聞いてなかった。

たぶん私がこれまでに見た映画のなかで一番難しい。
監督が観客に分からせたくない、
あるいは難しい映画を作ってやる!って作った映画で
難しいのはほかにもあるけど、
できるだけ分かりやすく、エンタテインメントとして
撮られた映画のなかでは一番難しいです。
予備知識はとくに必要ではなく地頭のよさがすべてです。

日本ではわりと善戦しているのですが、
世界興行は振るわず(ノーラン監督の新作にしては)
新型ウイルスとノーラン監督の一騎討ちは、
監督が敗北しそうだと噂されています。
しかし007やキングスマン、ワンダーウーマン、
ポアロの新作が軒並み延期を決めていくなか、
果敢に上映に踏み切ったノーラン監督と配給会社の闘志に敬意を表したいです。
(いま人々が望むのは明るいハッピーな映画だと評されていますけども、
さすがの監督もそこまでは予測できない)

1回目で気付かなかったところ。

最初の、逆行銃を試射するシーンが
丁寧なチュートリアルだったことが分かった。
(防護スーツなしで触れない、弾丸が逆行するなどを
ノイズなしに見せようとしている)

そして音楽はぼんやりとジマーだと思っていて
こんな内容にピッタリの容赦ない音楽、よく作れるなあと思ってたら、
ルドウィグ・ゴランソンさんというスウェーデンの音楽家だった。

初回でもそう思いましたが、女性への加虐表現はちょっと無駄が多い。
(寝室での暴力はキャットの抑圧とセイターの狂った愛の説明だが、
武器を前に俺の金で服が買えるとか、
倒れたキャットへの暴力とかは新たな情報が何もない)
あと感想にも書きましたが、ノーランは
女性キャラクター造形はそれほど上手ではないので、
計算ではなく感情によって動く、
理性的じゃないところが女性の魅力だとかそういう、
単なる好みがそのまま出たのかも。
それでキャットの行動があんなにめちゃくちゃなのかも。

そして1回目は全然気付きませんでしたが、
ニールがすごく主人公のこと見てますね。
じっと見てるし、ずっと見てる。
最後のシーン、ニールは訳が分からないくらいニコニコしてるし、
主人公は泣いてる。

テネットのカプ萌え
この映画、逆行に気を取られていると、主人公を最初に助けてくれたのがニールで、
最後に主人公を庇って死んだのもニールだって気付けないんですが、
でも気付かなかった人の脳内では2人はずっとコンビなんだなと思うと少し羨ましいです。

私はボートでセイターをドボンしたときに
放っておけばハッピーエンドだったんじやないかと思うんですが、
(アルゴリズムが完成してない状態で時計が止まっても問題ないですよね?)
主人公もその路線で計画を進めてて、「ニールと会っても関わりを持たないぞ!」
って決めてるんですが、
死にかけていた新人を助けてマスクを取ったら若いニールで、
過去のニールがあまりにも怠惰なヘッポコなので、才能の無駄遣いに腹が立って、
鍛練をしろ!この本を読め!学校へ行け!金なら出してやる!と磨きあげてしまう。
ニールはニールで、主人公のその徹底した自己犠牲ぶりに目が離せなくなり、
何の分野でもNO1の実力者で人望も厚いのに、どうにも寂しそうな様子が気になって、
実力で彼の側近になる。
尊敬する上司だった主人公が、過去の誰かに愛情を捧げていて、
現在はもう誰も愛さないのだと気付いたとき、ニールは彼を愛してしまうんだけど、
もちろん気持ちが告げられる筈もない。

しかしある日、病か事故で主人公が亡くなり、周到な彼らしく
成すべき指示は全て後継者に引き継がれる。
過去へ逆行する、おそらく戻れない任務に志願したニールは
若いころの主人公に再会する。
キャットを見て、ああこのひとが…って思ってるけど、
最後の死の瞬間「あれ…?もしかして彼が忘れられなかった人って…自分!?
だから僕がこのチャームを持つのを恐れた?
ダイエットコークを受け取るときのいつものあの顔も?
えっ!?えー…うれしい…死んでもいい…いや死ぬけど」って
嬉しくて泣きながら死ぬ。
という、回文の両片想いだといいなという妄想でした。

主人公がニールのことを、死なせるために親しくなるというのが
ちょっと腑に落ちなかったので。

テネットの記事は、理学博士の山崎詩郎先生が解説なさっている
下の2つが分かりやすく、かつ面白かった。(もちろんねたばれです)
https://www.gizmodo.jp/2020/09/tenet-yamazaki-shiro-sensei-interview.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter&utm_campaign=a6a91a4128a4514da9ae702e08dc97ed

https://cinemore.jp/jp/news-feature/1663/article_p1.html


2020/10/09追記
それで「テネット」の脚本が雑、脚本がゴミ、という評価を見かけて
で、出たー!とりあえず脚本に文句をつけてみる輩!
しかしまさかノーラン作品でその評価を目にしようとは!?と
しばらく宇宙猫顔になったのでした。
いまから、ノ、ノ、ノーラン作品は雑ちゃうわ!
あと自分の好みと作品のクオリティを混同すんなし!
という長文を書くので興味ない方はまた後日〜。

「アベンジャーズ・エンドゲーム」も、よく雑な脚本と言われて首をひねったが、
なぜある種の人は難易度をまったく考慮しないんだろう?と、かねてより不思議だった。
嫌いですむところを、なぜ品質が劣っていることにしたがるんだろう。
もちろん娯楽作品なので「俺が雑と思ったから雑なのだ!」でいいんだけども…。

たとえば「末期の母親を看護する一人娘の話」は、
おそらく物語上の矛盾や時系列のミスを1つもやらかさずに撮ることが可能だと思う。

しかし「末期の母親と娘の悲しい物語を見たくなった総統が、
被差別民族の重病の女性と、無関係な女学生に母子を演じさせて鑑賞している。
女性二人はそれなりに仲良くなって、
重病の女性は自分が死んだら用済みの少女が殺されるのではないかと案じている話」は
病気の進行など予備知識が必要だし、時系列も少々入り組んでくる。

さらに「病気の母と娘や、認知症の父と子、骨折した恋人同士、
医師、看護師、見舞い客、様々な人間が病室にいるが、
続柄のすべては嘘っぱちで、そのうちの1人が総統という話、
なお会話は3種類の言語を使用する」だと、
どうしても凡ミスが生じるだろう。

しかし1番目を緻密な映画、3番目を雑な映画というだろうか?
ちなみに「テネット」は例にあげた3番目の話を10倍複雑にしたような話だ。
前例が少なければ少ないほど推敲が難しい。それはミスする箇所の予測がつきにくいからです。
何事も最初にやったものは称賛されるべきですが
ノーラン作品はメジャーデビューの「メメント」からしてそう。
これまで誰もやったことのない物語の形式でキャラクター造形はほぼない。
ライト兄弟の作った飛行機が現代の旅客機と比べて安定してないからといって
それはケチをつける対象になるか?ならん。
斬新さにはあまり価値を感じなくて、人間ドラマ&破綻のなさを重視するなら
ノーラン映画じゃなくて山崎貴監督作品を見ればいいのでは?

あとついでに述べますが、恋愛系以外の映画で女性が活躍するお話、
かつメンター役の男性がいないやつによく付けられる「脚本がゴミ」という評価。
リメイク版「ゴーストバスターズ」は、確かに、私は好きだけど
優れた脚本って訳ではないからなと思ったし、
「オーシャンズ8」もまあそうです。好きだけども!
しかし2019年版「チャーリーズ・エンジェル」になってくると
この脚本がゴミなら、男性主人公のアクションもの半分もゴミじゃない?
って気がしてきて、2020年版「透明人間」の脚本にケチ付けられると
さすがにもう容認できなかった。
ベテランのリー・ワネル監督が
古臭いモンスターだった透明人間に社会問題をからめ、
女性への加虐の透明化を表現した傑作ホラーやろがい!
とりあえず自分の好きじゃない映画=クオリティが低い映画っていう、
世界の中心視点を矯正しろ〜〜〜って思いました。

いや、以前も書きましたが
お金を払って見当はずれのdisをやっている人>見ずに批評している人>違法アップロード鑑賞で評価している人
ですけどもね。














2020.09.20 サイトに掲載

2021.05.05 再掲載





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