「ホドロフスキーのDUNE」








アレハンドロ・ホドロフスキー監督が、
SF小説「デューン」を映画化しようとして1975年頃から
スタッフ集めに奔走し、そして結局は製作会社と折り合いがつかず
計画が頓挫した一部始終を監督自身が語るドキュメンタリーです。
この実現しなかった「デューン」の内容がともかくすごくて、
それ自体が映画のようです。

出演者がオーソン・ウェルズ、サルバドール・ダリ、ミック・ジャガー、
デザインにメビウス、H・R・ギーガー、
音楽をピンク・フロイド、特撮担当ダン・オバノン。
彼等を1人1人スカウトしていくエピソードが面白い。
ダリに、「若い頃、ピカソと海岸を散歩していて砂浜で時計を何度も見つけた。
君は見つけた事があるか?」と彼の取り巻きたちの前で聞かれて
「なにかうまいことを言わなければ…」という過去回想は手に汗握った。
(でもダリとピカソは同時代の人なんだ…とか、
ダリがギーガーを紹介したということは同時代の人なんだ…とか、
変なところで一々驚いた)
そしてダリは1時間10万ドルのギャラをくれとか、
自分の愛人を映画に出せとか、キリンを燃やせとか、無茶振りの人だった。

ホドロフスキー監督は「2001年宇宙の旅」の特殊撮影で有名になった
ダグラス・トランブルをスカウトに行きますが、
彼は我が強く、キューブリックですら彼の好きにさせるくらいの人物で、
ホドロフスキーとの面談中に40回も外部からの電話に出て、
ホドロフスキーがブチ切れて「彼は精神的深みがない!
鼻持ちならぬ嫌な奴だ。いくらでも商業で成功するがいい」と
他の技術監督を探すのですが、
いや、監督、才能とコミュニケーション能力と人格は別に比例しないぜ…
って思いました(笑)

結局、ホドロフスキーのDUNEは上映時間が12時間〜20時間、
巨額の資金が必要だという事が判明して、配給会社が見つからず
制作中止になってしまいます。
監督は映画会社を「プロデューサーは我々を奴隷にする」と罵りますが、
私は商業映画ばかりを見ているので、
配給会社側の言い分もとてもよく分かる…。

その後「DUNE」はデヴィッド・リンチ監督が「デューン 砂の惑星」で
映画化します。ホドロフスキーはそれが嫌で、
絶対見ない!と決めてたのですが、息子に引っ張って行かれて
「どうせ傑作なんでしょ!」って泣きそうになってたらまさかの駄作で、
その時の喜びをキャッキャと語ります。
監督84歳、ピカピカの笑顔が見られます。
今こんなに嬉しそうなんだから、
1984年にはもっと凄かったでしょうねこのかた。

このドキュメンタリーのキモは最後のメッセージ、
誰に何を言われても、障害があっても、魂の命ずるままに創造しろ!
だと思うんですが、
84歳にしてエネルギーの満ち溢れる監督の喜怒哀楽もまた鑑賞に値する
気がします。
あと亡くなったギーガーやダン・オバノンの姿が見られたり声が聞けたりするのもいい。
「DUNE」は頓挫しましたがオバノンとギーガーはのちに「エイリアン」で成功します。
(なぜか関係ないレフン監督も出てます)










2016.07.01 サイトに掲載

2016.12.30 再掲載





戻る