「風立ちぬ」






奔放にして精緻。軽妙洒脱なのと同時に原始的でパワフル。
鬼か仙人が描いたアニメのようです。これが72歳のひとの作品か?

零式艦上戦闘機の設計主任だった実在の人物、堀越二郎の生涯をテーマに
堀辰雄の中編小説「風立ちぬ」の恋愛部分をアレンジして付け加えてあります。
フリーダムすぎる。でも作品内では不自然さはありません。
考えるな、感じろ、というタイプの映画なので、人を選びます。
評価も割れているようです。
何事も理詰めで考える人、
物語が一から十まで説明されていないと納得できない人には不向きです。
逆に発想勝負のお仕事をしている方は特に共感できるところがあるかもしれません。

エヴァンゲリオンの庵野監督が主役を演じていますが、
作品内で一人だけ浮いている、半分この世にいない感じがぴったりでした。

内容ばれ・ラストばれ

ところどころすごく怖くてですね、
夢の中の、爆弾をぶら下げた飛行物体であるとか、
狂気を感じるカプローニさんのアップだとか、
地震のときの家の揺れ方とか。
でも映像が怖いんじゃなくて、
表現が異質で、描いた人を怖いと感じました。
(カプローニさんは目がすごい)
(効果音が人の声なのですが、それも異質な感じに一役買っているのかもしれません)

あと二郎のキャラクターがすごかった。
茎のようなまっすぐな首筋の美しさや、
集中している時の無防備なようすや、
眼の悪い人の色っぽさ、眠っている時のまつげ、
眼鏡男子の萌え仕草、男性でおじいちゃんの駿監督が
どうしてこうもパーフェクトにキャラ立てしてしまえるのか。
私がジブリを知らない外国人だったら女性監督作品だと思ったかもしれない。
それから出会った人すべてが二郎の事を褒め、
女の人は二郎を好きになり、
上司は二郎贔屓で、親友は二郎大好き、
妹はお兄ちゃんラブっこになるのも仕方のないハイスペックぶり。
いいところのおぼっちゃんで礼儀正しく、
弱いものに優しく、イケメンで高学歴、荒事にも強い、
なによりも設計の天才、
一説には駿監督の自己投影ではないかと言われていますが
うん、あれだけ完璧に組み立ててあったら
自己投影でもドリでもハーレムでも許さざるを得ない。

ひとの業についての映画だと思います。
菜穂子との恋も、やっぱり綺麗だけど怖いものでした。
二郎の情愛のなさばかりが取り沙汰されているようですが、
私には菜穂子もじゅうぶん二郎に釣り合うひとのように感じられました。
たぶん彼女はあのあと、病み衰える姿を二郎に見せないために
歯をくいしばって耐えて孤独に死んだと思います。その意志の頑強さ。
美しい姿と優しい面だけだけを見せて、二郎のすべてを許して消えたら、
そのあとどんなに美しい女性が二郎の前に現れても、
生身でいる限り菜穂子には勝てないじゃないですか。
礼儀正しくて上品な鬼と、美しくてけなげな羅刹の恋愛ですよ。

でも恋人の寿命を縮めて手元に置いておきながら
仕事にかまけてほとんど独りで放置しておく、
結核の女性の前で煙草を吸う、などの行為を
見ていてつらく感じる女性はいらっしゃるかもしれませんが、
うん、二郎が超の10個くらい付く
ハイスペックキャラであることを思い出して下さい。
もうあれ半分人間であって人間じゃないみたいな感じのひとですからね。

カタルシスを得るシーンは実は少くて、
飛行機は飛んでいるシーンより墜落したり爆散したりしているほうが多い。
戦って勝ったり、創意工夫や根性や愛の力で試練を乗り越えるとかではまるでない。
エンタメ映画のセオリーには全然則っていない。
かとおもえば登場してすぐの主人公が、
下級生をいじめている悪童を投げ飛ばしたりとか、
ジャンプの新人連載みたいな演出を入れたりする。
ラストも、常識で考えたらあり得ない。
心血を注いだ傑作は一機も帰らず、夥しい数の人が死に、
自分のせいで死んだ恋人が幻想の中で自分を全肯定してくれるとか。セカイ系か。
でもどんな無茶もテンプレも、
素晴らしく斬新でそれこそが完璧だと思わせる腕力と魔法が監督にはありました。
監督はいま本当に正気なのか、本当に生きていらっしゃるのか心配になりました。
いつまでもお元気でいていただきたいです…なんかこの作品を見たら不安に…。

どうでもいいことを箇条書き

・あー、昔の人って今からは想像できないくらいヘビースモーカーだよね。
・設計はセンスだ。技術は後からついてくる。
 ってまあ大胆に言えばドラえもんが先にあって、
 未来に作られるってこと?(違う)
・二郎は日中すごい勢いで脳を使っているから
 眠りが深くて、糖分が必要なんだろうな。
・わたし数年前にカフェでシベリアケーキ食べたよ!
・カストルプさんは鉢植えの草を食べているのかと思ったら
 クレソンなのねあれは。
・菜穂子の喀血を聞いて、駆けつける二郎が
 座敷の書類ですべって転ぶところがすごく好きだ。
 車両連結部でちょこんと座って泣きながら仕事をしているところも好きだ。
・巨匠がその気になればBLなんかチョロいのです。
・押し寿司おいしそう!
・軍人さんの、脳筋会議あるある。
・冬の散歩がしたくなった。冬の!散歩!いまは!7月!
・私はなぜか効果音声は全部タモリさんが担当されていると勘違いしていて、
 エンドテロップの駿監督の下に「タ モ リ」って出ると思ってた!
 出なかった!当たり前だ!
・「創造的人生の持ち時間は10年だ」とカプローニさんは言っていましたが
 駿監督は、ずっと駿監督のターン☆で時間が進まないのだろうか。
・今回は海外の賞をたくさんあげたい。
 監督にあの金色のおっさんの像とか、獅子の像とか熊の像をいっぱい握らせてあげたい。
 ご本人が欲しいかどうかは知らないけどな。
 内容が受賞に足るものなのは当然として
 生臭い事を申してすみませんが、
 ロリ要素排除、エキゾチックジャパン、
 戦争風刺入れた。震災国による震災復興の話。
 やや男尊女卑っぽいのが気になるが、 妹でバランスを取っている。










2013.07.26 サイトに掲載

2014.07.01 再掲載





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